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慶應義塾大学文学部人間関係学科社会学専攻


岡原研究会

内容

社会学をすること、それも一つの「表現」です。「近代社会」にあっては、「表現」と「科学」を切断すること(少なくともそのように思い込むこと、あるいはそのようなポーズを取ること)が、定石でした。しかし、「人間」なるものを発見し、それを「対象」にしてきた人間諸科学は、ここ数十年で致命的な欠陥を露呈することになりました。そのことを自己吟味して、新たな模索を実験的に試みようとするのが、僕のゼミの目論見です。

僕の関心、そのキィ・ワードを無理にあげるとすれば、〈感情〉〈記憶〉〈物語〉〈不平等〉〈差別〉〈渾沌〉〈反理性〉〈身体〉〈言語〉〈革命〉〈セクシュアリティ〉といったところでしょうか。目指すのは、「知」を言語的束縛から解放し、身体化すること、あるいは知の特権性や専門性を否定し、知識人・有識者なる存在を殲滅すること、あるいは文化的序列や価値観の転覆を図り、新たな「生の技法」を建設すること、などなどです。念のため、テーマの文言から想起される「芸術社会学」などには全く関心はありません。アートと社会学の「境界」はそもそも僕には見えないのです。

むしろ、地域や社会、そして現実にある諸々の社会制度、そこに丸ごと飛び出して行く「アート・プロジェクト」のようなものを考えてください。「社会プロジェクト」として、ある企画を立案し、具体化する、そのプロセスをゼミ活動の本体にします。社会/学/的/主題となるインスタレーションやヴィデオ、パフォーマンス。あるいは、アート様式の社会運動をセットアップする。 あるいは、社会学はアートになるのか? 徹底的に主観的な社会学とは? 科学言語を使わない社会学の論文とは? 他者について全く語らない社会学理論とは? 社会学の作品はギャラリーに展示して売れるか? などなど